500万人のマイナンバー「中国流出」の口止めに支払われた2億5000万円の血税


東京・池袋のマンションの一室に「本社」を構える中小企業「SAY企画」は、日本人770万人分もの年金情報データを扱い、そのうち501万人分を中国の企業に「丸投げ」した。マイナンバーや年収情報をも含む日本人の個人情報は、中国のネット上に流出。日本年金機構は、いまも「流出」を否定する。だが今回、身を潜めていた当事者の元社長がすべてを語った──。

 「日本年金機構が『破産手続』を裁判所に申し出たんですよ。(会社を)早く消し去りたいということだった」

 データ処理会社だったSAY企画の切田精一元社長は、機構の仕打ちへの不満を述べたのち、一息ついて続けた。

 「会社の解散からずいぶん経ってのことですから、(おかしいと)言ってますよ。当然ですよ。そもそもこの問題が表面化するなかで、機構が支払いをストップしたため、それが引き金で(経営が)破綻したわけですしね」

 この集中連載で詳述してきたように、東京・池袋に本社を構えていたSAY企画は、日本年金機構から請け負った約770万件の「扶養親族等申告書」のデータ入力業務のうち、約501万件を、中国・大連市のデータ処理会社に丸投げしていた。

その「申告書」には、日本の厚生年金受給者の氏名、住所、電話番号、マイナンバー、年収情報などが記載されていて、それが中国のネット上に大量流出するという重大事故を引き起こした。

機構と厚労省年金局は、この重大事故を隠蔽するため、「虚構のストーリー」と「欺瞞の論理」を捻り出し、国会を欺き、国民をいまなお騙し続けている。

 「虚構のストーリー」では、SAY企画はオペレーターによる入力ではなく、OCR(光学式文字読み取り装置)を使って「申告書」を読み取らせていた。しかし「氏名とフリガナ」の読み取り精度が低かったので、ここだけを切り出し、機構に無断で中国に送り、中国人のオペレーターに入力させていたというものだ。

 SAY企画が中国に送っていたのは「氏名とフリガナ」だけだから、個人情報の流出はないというのが「欺瞞の論理」である。

 だが実際には、個人情報が流出しただけでなく、中国人オペレーターによる入力ミス(31.8万人分)と入力漏れ(8.4万人分)が全体の8%も発生していて、本来支払われるべき正しい年金額が給付できないケースを多数発生させた。

 その総額は約21億円にのぼり、リカバリーのため、機構はのべ1938人の職員を休日出勤させている。「申告書」の全件チェックとともに、中国人オペレーターによる入力ミスや入力漏れの補正作業に当たらせるためだ。この超過勤務手当と交通費だけで約2290万円の公費負担となっていた。

 加えて、正しい年金額を給付できなかったことへの「お詫び状の作成と送付経費」、年金受給者からの問い合わせに対応する「専用ダイヤルの設置費用」など、その対応経費は総額約2億2000万円にのぼっていた。

 これは当然、SAY企画に全額請求すべき損害額である。しかし機構は、4月30日に支払い予定だった約4100万円を損害額の一部として相殺しただけで済ましていた。

相殺後に残った約1億8000万円は、事実上、賠償を免除したのだ。

機構の尾崎俊雄経営企画部長は、「第41回社会保障審議会年金事業管理部会」で、約1億8000万円の損害賠償請求についてこう語っている。

 「SAY企画の解散公告を受けまして、代表清算人に対しまして会社法に基づく清算手続きとして、債権申し出をするという形で損害賠償請求を行い、手続きを進めているという状況でございます。その状況を踏まえまして、顧問弁護士とよく相談しながら、しっかりと対応していきたいという状況でございます」('19年1月30日)

 ところが機構は「債権申出書」を2回送付しただけで、回収のための法的「手続き」を何ひとつ「進めて」こなかった。

 それどころか、切田元社長に沈黙を守ってもらうため、「口止め料」まで出していたのである。1月6日の特別監査で、SAY企画から中国への再委託を把握した9日後、大慌てで約7100万円を支払った。これは、12月分の作業代金の支払いという名目であった。

 契約書では「(機構に)損害を与えた場合には……損害を賠償しなければならない」(第35条)とあるうえ、その損害の「額が確定するまで……支払いを留保する」(第25条)ことを定めている。

 その条文を無視したうえ、「会計事務取扱細則」まで捻じ曲げていた。同細則では、「支払いは原則として検収(決裁)の翌月の末日払い」とあるが、約2週間早めて1月15日に支払っているからだ。

 賠償を事実上免除した1億8000万円と足し合わせれば、総額2億5000万円の「口止め料」が血税から支払われたといえる。これまで忠実に沈黙を守ってきた切田元社長だが、機構と年金局による「隠蔽工作」を明かしたのは、彼らの身勝手な仕打ちにより、足蹴にされたとの思いがあったからだろう。

 昨年秋になって、機構は、会社「解散」からすでに4年も経っていたSAY企画への「破産申立」を東京地方裁判所に起こしている。

 「破産」の決定がなされると、会社は残余財産をすべて整理したうえ、社名や商権なども消滅する。この世から消えて無くなるわけである。

「共犯者」であったはずの、切田元社長をこのように切り捨てる「破産手続」は、どのような理由のもと進められたのか。

切田元社長は、堰を切ったように語った。

 「破産原因の有無を(裁判所が)判断する審尋に、都合3回出ています。機構は入力ミスによる損害が(約1億8000万円)出たとか言ってるけども、事実関係はこうですよと反論してるんです。で、最終的に裁判所のほうで(機構が保有する債権の)ひとつだけを認めた」

 「ひとつ」とは、SAY企画が社員の給与から天引きしていた厚生年金保険料の未納分であった。

 「会社を閉じてから(解散する)6月まで残務整理をした社員の厚生年金保険料を(年金機構に)払えず未納になっていた。裁判所は、それがあるから(債権回収のための「破産手続」は)認められるとなった。わずか6万円とか10万円ですけど、その債権はあるというわけです」

 SAY企画が機構に与えた損害額の約1億8000万円ではなく、「6万円とか10万円」の未納保険料の徴収を理由とすることで、裁判所の「破産手続開始決定」を引き出していたのである。

 年金の保険料は、税金や地方税と同様、優先的かつ随時の支払いが、債権者である機構になされなければならない。この債権を利用しての「破産申立」であった。

 破産法に詳しい弁護士は、首を傾げながら、機構の「破産申立」の不合理性を指摘した。

 「破産手続開始の申し立てをする場合、裁判所が選任する破産管財人の弁護士への報酬を含んだ『予納金』を納めなければなりません。『6万円とか10万円』の債権の場合でも『債権者破産申立』の予納金は70万円の納付を通常は求められます。これだけの費用をかけて、回収できるかどうかわからない少額の債権のために、『破産申立』をするなど、私企業であれば経営判断に疑問が生じます。まして、機構側が雇った弁護士への費用も発生するわけですから、経済合理性の観点からは疑問です」

 水島藤一郎理事長や年金局を、このような不合理な行動に駆り立てたのは、終わったと思っていたSAY企画問題が、'21年2月以降、再び国会で議論されるようになったからだろう。

後編記事『議事録と音源まで改竄…「マイナンバー500万人分が中国に流出」は、こうして闇に葬られた』

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